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引退ブログ④伊藤佑惟

  • 執筆者の写真: ホームページ 東工大ヨット部
    ホームページ 東工大ヨット部
  • 2 日前
  • 読了時間: 10分

お世話になっております。秋インカレで470級4631の軽風域スキッパーを務めていました、4年伊藤佑惟です。まず初めに、ヨット部に多大なご支援を賜りました保護者の皆様、本吉コーチ、潮会の皆様、学校関係者様方に心より感謝申し上げます。おかげさまで4年間全日本を目指して練習を続けることができました。ありがとうございました。


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あまり真面目な文章や深い内容を書くのは得意ではないのですが、これからヨットを頑張る後輩たちの後悔が一つでも減るように、ヨットをあまり知らない方が少しでもヨット競技をどのような気持ちで続けているのかが伝わるような内容にできればいいなと思います。(書き終えた文章を読みましたが、思ったより厳しいこと書いてるかもなので新入生は読まないでね♡)


ヨット部を4年間続けてみて強くなるために、後悔無く引退できるために最も大事なことは「ヨットを最優先できる環境にする気があるか」だと思います。4年間いろいろなことに目を向けて、考えて、悩んで、生きてきた私なりの結論です。

まずはこれが何を指すのかの例を挙げてみます。

・学校の時間割計画を自主練が最大限できるような組み方にする

・研究室は4年生の秋インまでは部活優先で実験予定を立ててもらえるところを選ぶ

・バイトはタイパ重視で、平日学校終わりに体力を削りすぎることなくできるところを選ぶ(または支援してもらえる人をみつける)

・暇な時間が生まれたら座学や筋トレ、VRIをする

・院試は絶対A日程

・日々の食事は筋肉・体重をよく考えて食べる

・バイト代の行き先はヨット課金グッズ

・課題は絶対に平日で終わらせて、留年の心配は全く作らない

・ずっとヨットを好きでいること

・部の雰囲気を保つ行動をすること

すぐに思いつくのはこんな感じです。簡単に言えば、選択肢を与えられたときに、考慮する事項の1番優先の枠にヨットを持ってこい、それに見合う行動をしろって言ってます。遊びたいときもあります。どうやってもタスクが多すぎて無理だと感じることもあります。その中で、そもそも「ヨットを最優先する気があるのか」だと思います。


正直に言うと、私の行動はこれができませんでした。また、強くなれなかった一番の原因がそこにあると思っています。最も顕著にこの選択が出てきた場面をいくつか振り返ってみようと思います。


2年生:私の所属している生命理工学系は2年生になると週2回の実験が始まります。ひどいときには毎回レポート提出があり、また講義は1Qあたり3回の定期テストのような計画のものがほとんどです。年間54単位を平均95点めざそうとしたら、平日の午後をすべてレポートや勉強に捧げるしか正直ないと思います。ではこの状況で問題となるのは95点を目指す必要があるのか、54単位とる必要がそもそもあるのか、もっと楽な道はないのか、です。

ヨットを最優先にする気があれば、答えはNOです。やるべきは水曜日の自主練日を確保して、実験のない火金にバイトを入れて、月木で実験の後すぐにレポートをこだわりを持たずに作成する、将来のために入りたい研究室に必要な成績を調べるの1択だと思います。私は、レポートにどうしても時間をかけてしまったり、プライドで勉強をやめなかったり、サークルのイベントの準備で時間を取られたり、バイトを生活の余裕ギリギリまで詰めたりしました。「部活はいかなければいけないもの」そういうスタンスで生きていたので、どれも中途半端で優先すべきものが選べない状態でした。ヨットを選ぶ覚悟が無かったとも言えます。


3年生:この時期は一番難しいです。生命理工学系は研究室所属が後期から始まるため、前期は成績競争、後期は研究生活です。当然バイトもあり、サークルや部活では係の仕事が重くなってきます。ヨットを優先するのであれば、研究室は平日は月火木金のみ、春休み夏休みは休ませてもらえるところを探し、単位はほどほどに、バイトもほどほどに、係はうまく後輩にも仕事を振って最低限の動きで終わらせることを目標に動くべきでしょう。仕事に押しつぶされて部活ができないは本末転倒です。私は2年生の生活を続けており、バイトしないと金がない、サークルに行かないと迷惑かける、合宿所係の仕事しないと合宿所なくなる、単位いっぱいとって成績良くしないと将来就職できないかもしれない、こんな板挟みでやはり優先順位はつけられずに全部頑張っていました。まなちゃんが休部して全日本女子に出場できないことがほぼ確定した春休み、強風続きでメインが引けず、体重も増えず、部活をやっている意味が本当に見いだせなくなり、そんななかで3年生内の練習レースの配艇でもめたときにはかなり限界でした。常に脳内にヨットをやめる選択を持ち続けるのは相当心に負担が来ます。部活での自分の存在意義は仕事して部を円滑に回すことだと思うことで部活にいる意味をどうにか作って、毎日行っていました。


4年生:研究室さえうまくいけば、一番ヨットに集中できる可能性が高いです。問題は院試、係の仕事、お金でしょうか。1年生のころからの貯蓄も尽き、平日は研究で忙しくバイトする暇が無くなり始め、インカレが近くなった焦りが大きくなり一番メンタルが難しい時期だと思います。部の雰囲気を作り出すのも4年生の仕事です。部活の日に照準を合わせて体調を整え、体力を温存できるか、組織を意識した立ち振る舞いができるかが勝負です。私は自分の生きがいを研究に見出したいと考えていたため、好きな研究テーマというだけで研究室を選びました。実際には春休み・夏休みも平日はずっとコアタイム9-18時、そのためバイトも夜1-2時間が限度で、トレーニングルームに行ける時間もないため、ヨットとは本当に相性が悪かったと思います。部活では会計の仕事と並行して、部活の資金が本当にないためにファミリーデーを企画したり、公式ライン作ってみたり、クラウドファンディングを企画したりなどいろいろなことに手を出しました。タスク量は主将に引けを取らないくらいはあったかもしれないと思います。幸い同期のスキッパーは4人いて私が抜けても誰も困らないから、もう研究一本にして部活はマネージャーにした方がいろいろと全部うまくいくんじゃないか、本気でそう思いました。4年生になっても常に脳内にはヨットを辞めるという選択肢がありました。こんなこと470の人に話したら、そもそもやる気がないと思われてレースメンバーから外されてしまうのだろう、そう思っていえなかったので、スナイプメンバーに少しだけ弱音を吐かせてもらってました。瀬高と髙橋、あと大谷と当時ペアだった鴻巣には暗い話してごめんってほんとに思います。澤田さんにも相談して最終的にギリギリまで頑張ってみる覚悟をしました。どうにか普通の人よりも研究室に多くいき続けたことでなんとか春も夏も休みをもらい、通常練習日はほとんど顔を出すことができました。ここが初めてはっきりと最後までやり切ると決めた瞬間だと思います。

そんな中、研究室の夏休みが学校の夏休みより遅かった影響で初回のコーチングに出ることがかなわなかった日がありました。翌週のコーチングで人よりレース成績もない、練習にも来ていない、体付きも変わっていない、そういわれたことは一番覚えています。頑張れる環境を整えて、最善を尽くす覚悟をした矢先だったのでほんとにメンタルがやられました。部のためにたくさん仕事して、部費のためにバイトして、部バイトで練習休みになった日は研究室に行くなど人より学校にも行って、全日本女子予選はりなとかんぴと同じくらいの結果だったし、6月のレースシーズンだってじゃんけんに負けたり院試に重なったりいろいろあって休部から復帰したてのさとたくと4405に乗ってたのに4631と同じくらいの成績とって、平日のファミリー活動を頑張って夏前は自重トレーニングをほぼ毎日やっていたのに、私は頑張ってないっていわれるならもう頑張らなくていいかなって一番思った日です。今振り返ってもあの日ほど外で泣いた日はないです。しかし妥当な指摘だったと思います。ヨットを最優先にする覚悟がここまでできていなかったから、同期よりも自主練に行けず、悩みの種が多くなっていたと思います。


長々と話しましたが、言いたいのはその瞬間自分が全力で身を削って生きていたとしても、自分の中で納得ができる選択をしたと思っていても、それだけでは認められない世界に身を置いているということに早く気付いて、覚悟を決めた方がいい、そしてその方が厳しいように見えて、ずっとメンタルも体力も楽だということです。初心者から始めた6人が、たった4年しかも活動日は土日しか基本的にない中でヨット経験者に勝とうなんて生半可な気持ちでできるわけがないんですよ。30人以上が集まって、高い高いお金を払って、集団生活もして、高い高い目標に向かって部活をするのははっきり言って難しいんですよ。学校的に仕方がないね、って何か理由をつけて逃げられるかもしれませんが、それは自分に言い訳してるだけです。最優先にする気がないだけです。そして、一度振り切ったら、それを軸に自分の生活を立てられるので少なくとも私のようなスケジュールにはならないし、その余裕がメンタルを安定させてくれます。(自責の念)


結果として、私は秋インカレでは予選も決勝もすべてのレースに出ることはかなわず、全日本出場もかなわなかったです。振り返ってみればまだまだできたことはあると思います。悔しくない訳ないけど、身近に私よりヨット馬鹿で覚悟の決まっている同期がいたから尚更まだ伸び代はあったと確信できます。

こんな先輩になりたくなかったら早く覚悟を決めて、保護者の方に土下座でも何でもして全力でサポートをもらって、まずはほかの生活がうまくいかなくても学校に留年しない程度に行きかつ部活にも問題なく行ける環境づくりをしてください。


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ヨットの話が無くなってしまったので、少しだけ。私にとってのヨットにおけるセンスがあるとは「言語化による再現性」をもてることだと思います。自分の中の感覚としてはあっても、その言語化ができないと再現性は思っている以上に簡単に崩れます。なんかうまくいかないって思った瞬間に一気にみんなにセーリングで置いて行かれるのがこの代表的な症状です。

一番わかりやすい例はクローズのテルテールです。言語化できない人は、「テルテールが両流れの角度は少し幅があって、その中でちょっと上すといいときと下すといいときがあるんだよね」って言います。言語化できる人は「テルテールの両流れの中で、一番上のテルテールが30度くらい上がるくらいをキープして、トラッピーズに出なくなってきたら完全に両流れのところまで角度落とす」みたいに話します。日々のセーリングで何をどう変えて走っているのかを意識的に考えてる時間が長いのだろうと思います。私はうまく説明できませんが、特にランニングの艇速は一番意識するポイントだと思います。センスは磨くもの。頑張ってください。


最後に。

どんなにヨットに捧げる覚悟ができていても、苦しい時期は絶対に来ると思います。その時に一番の支えになれるように、なってもらえるように同期とは仲良くしてください。先輩にちゃんと相談してください。どんなにヨットが嫌いになっても、大好きなヨット部のメンバーがいればちゃんと立ち直れる、うちの部の強みはここにあると思います。

もし、部活を辞めたい、そんな気持ちの芽が生えてしまったら、一緒に生活を見直しましょう。一番辛いことが何なのか見つけましょう。案外、ヨット自体が嫌いじゃないことに気づくかもしれません。案外ヨットなんて好きじゃなくて、部活の雰囲気が好きでやってるのかもしれません。それに気づくだけでストレスは圧倒的に減ります、きっと。ヨット馬鹿には無用な心配かわら



4年間ありがとうございました。特に山下、一緒に4631に最後まで乗ってくれて、ギスギスした雰囲気を作らないでくれて、まっすぐぶつかってきてくれてありがとう。まなちゃんずっと全日本に私を連れていくって言い続けてくれてありがとう。瀬高、ゆう様私がキャパった時にありえん量の仕事肩代わりしてくれてありがとう。あと鴻巣、4年生の時の部活に行くモチベになってくれてありがとう。同期みんな大好きです。もちろん、後輩も先輩もみんな大好きです。


東京科学大学体育会ヨット部 伊藤佑惟

 
 
 

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