引退ブログ⑫小野敦幹
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お世話になっております。2025年度をもって引退いたしました、470クルーの小野敦幹と申します。非常に濃い4年間で、入部したばかりの時と比べて、大きく成長できたと感じています。引退してみての率直な感想は、自分が思っていたよりも多くの気持ちをヨット部に割いていたことに驚いた、ということです。出場はかないませんでしたが、全日本に運営として関わってしばらくした12月近くになって、精神的にすごく楽になったような気がしました。それだけ自分にとってヨット部は大切なものであり、強い思いがあったのだと思います。
まずは、入部して1〜2年間のことを話そうと思います。自分たちの代の470チームは、入部時からほとんど人が減っていません。それは、入部したての5月は、毎週のように初心者に優しいオンデッキからハーフトラピーズの風が吹いていて、たくさん乗る機会をもらったからです。自分は、初めて試乗会に参加した時は、ヨットの楽しさを感じた、という程度でしたが、この期間でヨットの楽しさを確信しました。
入部してから初めに感動したことは、1年生の春から2年生になりたてのころに、同期と乗り始めたことです。はじめて敬語を使わずにヨットに乗っている、という当たり前の変化が、自分が大きく成長したことを実感した瞬間です。当然ですが、まだ2年生になりたてで一人前とは言えない自分でした。そのため、同期と乗ることで、先輩に多くを頼っていたことを自覚し、そこを直す→先輩と乗るときに高いレベルで学べる→それを同期との練習に活かして、できないことを洗い出す→先輩と…という好循環を生むことができていました。ヨットの技術が成長していくのが手に取るようにわかり、このころが成長していて一番楽しい時期だったと思います。
自分にとって一番強烈だった経験は、と問われれば、間違いなく3年生の時に参戦した秋インカレと答えます。メンバーに入るのはあって8m/s越えてくるような強風の時くらいだという構想だったところから、9月になって急に2番艇正規クルー(結果だけみると3番艇でしたが…)に任命されることになった衝撃は今でも忘れません。不安も大きかったですが、インカレを早く経験できる、ということにワクワクしていました。
急にできたペアで、1か月後のインカレで結果を出してこい、というのはあまりにも難しいことでした。動作の息を合わせるところからのスタートなので、より順位を上げていくために必要なフィードバックを得られるには時間が全然足りませんでした。
そんな中で迎えた決勝当日でしたが、たった一度だけ、20位以内という高い順位をとることができたレースがありました。左右どちらのシフトがよいかを当てただけではありましたが、当てたシフトを活かしたままゴールできたことは、これから最上級生となる自分にとってとても貴重な経験になりました。
最後の1年が始まった時、自分がここからどんな技術を得ていくのか、全くイメージが湧きませんでした。フリートレースでそこそこの順位をとれるような技術は得たから、これからは動作の精度を上げ、細かいところを詰めていくだけだ、と考えてしまっていました。これは自信過剰ですよね。でもこれは裏を返せば、今の自分を洗練するだけで果たして勝てるのだろうか、上位大学だけが持つ艇速を上げられる特殊な技術とか無いのだろうか、という不安でもありました。要するに、失礼ながら、夏樹さんから一通り教わり終わっていて、ここから1年同じことを繰り返すだけ、と思い込んでいたということです。
自分のワークを見つめなおしていると、自分の不安なことは杞憂だったことがよくわかりました。夏樹さんからも、自分の頭に無かった動きをたくさんご教示いただきました。それがレースの結果として現れた時は、何にも代えがたい喜びがありました。一番最初のフリートレースで、ディヴィジョンが分かれてたとはいえ5位以内をとれたこと、春インの予選で、明海大学が参戦していたにもかかわらず、個人成績で1位をとれたことはとても自信につながりました。
しかし、最後のインカレでは、満足のいく結果を出すことができませんでした。初日、2日目と、必要としていた成績を全然出すことができず、悔しい思いをしました。その原因をいろいろ考えてみましたが、とっさの判断力が足りなかったことでしょう。ここぞという時に迷いが生まれてしまったのだと思います。ですが、最終日、台風が直撃するという、レースできるギリギリ位の風速で、10位代を2レース連続でとることができました。最後の最後に、素晴らしいレースをすることができて、悔いのない4年間の締めくくりとなりました。
ここで、関わっていただいた皆様に感謝を述べたいと思います。
まずは、4年間無事にヨット部という居場所を維持してくださった、OBさん、ありがとうございました。自分は学連に所属していて、潮会の皆さんと関わることは少なかったですが、予算規模の大きいヨット部を存続させていくことは大変なことです。感謝してもしきれません。
徹底的な技術指導をしていただいた夏樹さん、ありがとうございました。厳しい言葉もいただきましたが、その言葉の分、自分は大きく成長していくことができました。質問にはすべて丁寧に答えていただきました。ヨットの奥深い楽しさを見せていただき、ありがとうございました。
部活での活動をいろいろと支えてくれた両親へ、ありがとうございました。時に金銭的に助けてもらったり、精神的に弱っているときに支えてくれたりしました。また、いろいろと迷惑をかけてごめんなさい。もらった恩をこれからしっかりと返して行きたいと思います。
部活に残り、これから高い目標に向かって頑張っていく後輩たちへ、ここまでついてきてくれてありがとう。自分たちが張り合いのある練習ができたのも、相手艇となってくれたみんなが大きく成長してくれたおかげです。成長していくみんなを見て、自分にも多くの刺激がありました。合宿所でも、たまにダルがらみしてごめんね。後輩に伝えたいことは、このブログに書き連ねたつもりです。470チームの後輩たちが、自分たちがなせなかった全日本出場を達成してくれるとうれしいです。
最後に、1年間部活をともに運営し、一緒にインカレを戦い抜いてくれた同期へ、本当にありがとうございました。インカレのストレスを抱えた上で、お互いいろいろ思うこともあって、衝突もありました。でも大変な時に支えてくれたり、より良いセーリングを求めて一緒に考えたりして、自分は大きく成長することができました。張り合いのある仲間たちのおかげで、自分は一段と成長できました。合宿所での夜、楽しく語り合ったことは、一生の思い出です。重ねて、本当にありがとうございました。
ヨットをやっていて身についた考え方があります。それは、成し遂げたいことに取り組む時には、”できるできないに関わらず”、正しいことをやり続けることが必要ということです。
例えば、レースで半分以上の順位をとりたい、という目標があったとします。その目標を持ったのが、レースに出始めたばかりの2年生のときだったとすると、もちろん実力は伴っていません。スタートや回航など、稚拙なところが多くあるはずです。私の考え方というのは、できないことだからと言って、スタートの時自分から第2線、第3線に入っていこうとしたり、マークと艇の間隔を大きく開けて回ろうとしたりするのは間違っている、ということです。もちろんその時の天候がとても荒れていたりしたら話は別ですが。高い順位をとるために、いい位置でスタートすることや、締めてマーク回航することは必要です。やらなければならないとわかっているのに、危険だからとそこから逃げ続けていると、一向にできるようにはならないというわけです。
目標までの正しい道のりがわかっているのに、それを外れることは間違っている、というとすごく当たり前のことに聞こえますが、意外とできないことです。それは、できない理由が、怠慢というより、知識が無いから、ということが多いからです。上では怠慢が原因の例を出しましたが、正しいスタート、回航がわからない人に、ちゃんとやれと諭す、というのは違うのでは?ということです。なので、自分が得た考え方を実践するには、正しいことが何なのか理解するために、正しい知識をつける、というのも必要です。
正しい知識を得た上で、トライ&エラーを繰り返しながら正しいことを積み上げていけば、確実に目標に近づいていけます。4年目でリザルトがどんどんよくなってきたとき、自分はそれを実感しました。これを読んでくれた後輩たちには、こういう考え方があるんだと頭の片隅においてくれるとうれしいです。
最後になりますが、多くの方に支えられて、この4年間を全うすることができました。本当にありがとうございました。このブログの始めに引退して精神的に楽になったと書きましたが、それは新たなことに挑戦することができるようになったことを意味します。自分は船と一体となってクルーワークをすることが大好きで、ヨットレースも大好きなので、クルーザーや何かしらのディンギーに乗ってみたり、レース運営に関わっていくのも面白そうだと感じています。海に出て非日常を感じられるという経験はとても貴重なので、この部活でいただいたご縁をこれからも大切にしていきたいです。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
































