引退ブログ⑪瀬高亮
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- 15 時間前
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お世話になっております。SNIPE級31746のスキッパーを務めておりました、瀬高亮です。
はじめに我々の活動を支えていただきました、潮会の皆様、本吉コーチ、保護者の皆様、ハーバー関係者の皆様、大家さん、お隣さん、大友先生、先輩方、同期、後輩、甲南、成蹊、早稲田大学をはじめとする他大学ヨット部の皆様、研究室の皆様、クラファンでご支援くださった皆様に感謝申し上げます。
書き漏らしがあると困るので一度、全人類に向け感謝、ありがとう。
引退してから改めてヨット部で過ごした4年間は本当に多くの人に支えられていたと実感しました。
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簡単ではございますが一部の方々に感謝を述べさせていただきます。
◯潮会の皆様
下級生の頃は関わりも少なく、失礼ながらただのOBの集まりだと思っていました。ですが上級生となり関わる機会が増える中で日々、現役のために時間を削って活動してくださっていることを知り、特に先日、初めて理事会というものに参加させていただきましたが、現役のヨット部のために多くの大人が真剣に考えてくださっていることに非常に感銘を受けました。
インカレの応援やクルーザー新歓など多くのサポートありがとうございました。引き続き科学大ヨット部をよろしくお願いいたします。
◯本吉コーチ
夏樹さんには大変お世話になりました。同期2人に対し、経験・実力が不足している私に対しても変に区別なく対等に指導してくださったのは大変嬉しかったです。
どんなに私の飲み込みが遅くても、丁寧に粘り強くご指導いただき、またコーチングの度、褒めてくださるのが大変励みになりました。またインカレ直前で目標について話すとき、「俺達は~」と語ってくださるのが、非常に心強く感じておりました。チーム科学大として共に闘ってくださり、ありがとうございました。来年以降も科学大ヨット部をよろしくお願いいたします。
◯保護者の皆様
合宿所への差し入れやインカレの応援に駆けつけてくださったりなど日頃から数多くのご支援ありがとうございました。時折、差し入れに直筆のメッセージなどが入っていることもあり、練習の励みになりました。本当にありがとうございました。
◯ハーバー関係者の皆様
役職柄関わる機会が多く、顔を見ただけで科学大と認知されるようになっていたと思います。バース代の滞納やバースが汚いなど色々と大変ご迷惑をおかけしました。それにも関わらず、毎度寛大な対応をしていただきました(ここには書けないレベルの)。本当にありがとうございました。また鈴木さんや福澤さんには船やマストの修理で大変お世話になりました。ありがとうございました。
◯大家さん・お隣さん
今の科学大ヨット部があるのは間違いなく、大家さんとお隣さんのおかげです。寒い日のお味噌汁やバーベキューなどとても嬉しかったです。合宿所の使い方に至らない点は多くあったかとは思いますがいつも温かいご支援ありがとうございました。
改めて、科学大ヨット部に関わってくださった方々に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

チーム科学大
さて引退ブログということでここは自分語りが許される場と認識していますので、過去を振り返りつつ、色々書きたいと思います。
まず1年生から。
うーん、記憶なし。
海で練習した記憶が全然出てきません。前線通過?の影響で真っ青だった空が真っ黒な雲に覆われて、海が一瞬で地獄と化した記憶は残っています。4年間過ごしましたがこれを超える危険なコンディションはなかったように思います。練習の記憶についてはやはり出てきません。夏休みは週2日行ってれば良い方でした。夏が終わって気づけば同期が半分くらいになっていました。練習の参加頻度は同期の中では断トツのビリだったと思いますがそんな自分に対しても当時の4年生には大変優しく丁寧に指導していただきました。本当にありがとうございました。夏が終わり、何やらインカレという大会が始まるらしい。スナイプ級全日本通過。新歓で過去に東工大が全日本に行ったと聞いていたので、当時は当たり前のことだと思っていました。そして4年生が引退し、春を迎えます。ただただ寒かったという記憶しかありません。
春合宿を終え、2年生に。
うーん、記憶なし。
やはり練習の記憶は出てきません。夏は初めて合宿所に泊まるという実績を解除しました。ですがこの年の夏は兼部先の部活の大会に力を注ぐと決めていたため、ヨット:兼部先= 8:2くらいの参加頻度で、結局そんなに合宿生活をすることもなく終えました。そしてまたインカレ。しかしこの年は全日本には行けませんでした。確かに4年生が少ない代ではありましたが3年生の先輩方もその穴を埋めるべく努力されていたので通過するものだと思っていました。大会終わりのミーティングで4年生が感情的に一人ひとり想いを語っていたのが印象的で2年生ながら心を動かされました。
3年生。
ここらへんから記憶があります。
気づいたらいつの間にか3年生。上級生も上級生。このあたりから責任というものがついて回るようになってきます。通常練習にはちゃんと土日両方とも参加するようになり、まずは同期に追いつくことを目標に練習していました。実力を配慮していただいていたのかは分かりませんが実力不足を補うためか、他同期2人に比べ、4年生クルーと乗せていただく機会が多かったように感じます。おかげで同期に追いつくことはありませんでしたが離されすぎるという状態にもならなかったと思います。そして3度目の夏。この年は兼部先の大会が現役最後の大会でした。そのため夏休み前半は兼部している方へ、9月の大会後からヨットに切り替え、集中しようと考えていました。夏休みが始まり、2週間くらい経ったとき、同期の一人からLINEを受け取りました。
内容としては
3年の夏に練習来ないのはまずい
しっかり夏を練習した先輩たちでさえ全日本通過はギリギリ
このままでは私たちの代では絶対無理
といったものでした。文章自体は絵文字などが混ざっており、柔らかかったものの一つ一つの言葉が自分に突き刺さりました。特に「無理」という言葉は可能性が0のときに使う言葉で、1%でも可能性があれば「難しい」や「厳しい」と言った言葉を使うと思います。同期に「私たちの代じゃ絶対無理」という言葉を言わせてしまった自分に怒りを感じるとともに同期には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。その後は大会まで可能な限りヨットの練習に参加するようにしました。午前でヨットを早退し、大学に向かい、夜まで大会に向け練習する。そんな日が何日かありました。2つの部活を合わせたら週7日で活動していました。ですが不思議と疲れはなく、兼部先の大会も出場した全部門で入賞を収めるという好成績で終えることができました。この大会が終わってからは宣言通り、ヨット一本に集中するようになりました。そして夏が終わり、インカレを迎え、スナイプ級無事全日本通過。江の島には全国各地から大学が集まり、熱気に満ち溢れ、全日本期間は毎日がお祭りのようで、サポートに行っていただけですが非常にモチベーションが上がりました。大会も終わり、4年生が引退。ついに自分たちが最上級生となりました。
4年生。
先輩方が引退してすぐに全日本ミックス。前述の通り、自分は同期2人に圧倒的に練習量が足りていない。だからこの大会は後輩に負けなければいいやくらいに思っていました。結果は科学大内で1位。大会の参加条件の都合上、人員や船がバラバラというのはあったけど4年生ペア2艇に勝てたのが嬉しかった。いや勝てたというより、自分はまだヨットを続けていいんだという安心感を得られたのが嬉しかった。もちろん自分の実力不足は自覚していたのでこの結果を残せたのは全部クルーのおかげです。一緒に乗って良い結果を残してくれた鈴木にはとても感謝しています。結果次第では自分が4年生としてどうなっていたか分かりません。それくらい重要な場面でした。

富士山と746
全日本ミックスも終わり、いよいよ配艇決め。船は当時の最新艇なのに不人気だった31746。相方はクラスリーダーの関根。どういう星のもとに生まれたのか分からないが今までやってきたペアスポーツは全て、部長や主将といったいわゆるリーダーと組んできた。ここでもリーダーと組ませていただいた。ありがたや。ヨット熱が一番ある人のもとで最後一年練習に励めると思った。まあ唯一の苦浪したもの同士ということでこのペアは堅いとは思っていたのですが。ペア決めも終わり、ホッとしたのも束の間、あることが脳裏をよぎった。
一番ヨットに時間を割いている人と一番ヨットに時間を割いていない人がペアになる
これは自分にとって非常に恐ろしいものだった。実力というのはおおよそ練習時間に比例していると思う。相方が100%の出力をしても私が20%までしか出力できなかったら結果として船の出力も20%が限界になってしまう。これだけは絶対に避けなければならない、と強く思った。
本格的に練習も始まり、自主練にも積極的に参加するようになった。たった3人で船1艇、レスキュー1艇で練習した日もあった。今思えば少し異常かもしれないが当時は全く気にしていなかった。
色々と練習をしていく中で一つ思ったことがあった。
あれ、自分、ヨット下手じゃね
単に練習不足というのはそうなのだがそれ以上になんというかセンスがなかった。センスというか運動神経というか。よく他の人に勝てるものを一つでも見つけましょう、みたいなことが言われる。同期2人に対して勝てるものを探してみた。何もない。逆にこれが最後一年間のモチベーションでした。
春合宿。今までを取り返すべく、練習に参加。無事、最終週少し体調を崩して休んだ日以外は全出席。おそらく部の中でもトップクラスの出席率。この時点で1年生の頃の出席日数を超えたように思う。
頑張って練習する、頑張って練習する。ふと顔を上げて同期2人を見る。自分の実力は彼らに追いつくどころか2人は肩を並べ、自分の先を自分以上のスピードで走っている。こりゃあおそろしいもんだ。ただ逆に言えば彼らに追いつけさえすれば全日本出場は難しくないと思った。迎えた春インカレ。結果はボロボロ。春合宿は真面目に取り組んだ。しかしそれ以上に今までの負債が大きかった。他2艇が走ってくれたおかげで創部以来初の春イン入賞。他2艇に申し訳ないのは当然であるが何より関根に申し訳なかった。代替わり直後に自分が一番恐ろしいと思っていたものが現実となってしまったからだ。クルーの力量は十分。なのに自分のせいで結果が出ない。それでも相方は励ましてくれた。ひどい結果を取ってしまったのに怒らないなんてどんなメンタルしとるんや。えぐ聖人や、と思った。おかげで秋にリベンジするという新たな目標ができた。

クラファンサムネイル
夏合宿。
週6日の練習が始まった。唯一の火曜日休みは一瞬で過ぎ去る。夜ご飯を除けばずっとコンビニ飯。中々にしんどい。このような環境下での練習は人の脳に影響を与えるようで、野菜ジュースで健康を保とうとする勢力が現れ始めた。恐ろしい。夏合宿自体はひたすら海に出て、着艇時間ギリギリまで練習するの繰り返しであった。長いと思っていた2ヶ月があっという間だった。
秋イン。
夏合宿を経て、いよいよ秋インカレ。
春インみたいになったら恐らくショックで立ち直れない。ただただそれだけが恐ろしかった。
1レース目、春イン再来。やっべ。
しかし3レース目、3艇とも良い順位でフィニッシュ。初めてチームに貢献できたと思えた瞬間だった。2日目からは調子が良くなり、10番代を走れるようになっていた。特に6レース目は1上を3位で回航した。相方はその後順位を落としてしまったことを謝ってきたが、私を乗せてこの順位を取ってくれるだけでありがたいと思っていた。最終レースは台風レース。ハードコンディションの中、まさかの1下1位回航。あの時のランニングは人生で一番速かった。しかしその後、悲しくもリーチングで沈。順位は落ちてしまったものの全然順位取り返せるなという自信があり、沈から復帰後10艇ほど抜かし、何とか15位でフィニッシュ。春インと同じく、科学大内では3番目の成績であったが春とは異なり、ちゃんと貢献できたようで素直に5位入賞を喜ぶことができた。

撮られた瞬間、アンヒールリーチング
その後の全日本は楽しんで終えることができました。
ハイライトは何と言っても2レース目に6位でフィニッシュをしたことですね。
関根に大感謝です。大ありがとう。
そして全日本を終え、無事引退できました。
最後まで同期2人には追いつけませんでしたし、最後まで自分はヨットが下手であるという意識は拭いきれませんでした。そこについては少し悔いが残っています。
ですが最後の春→秋→全日本にかけての一年の成長率については科学大のみならず全国で一番だと思えるくらいにはレベルアップできたと感じ、大変満足しています。自分で言うのも大変おこがましいですが、春のボロボロのスコアから全日本でシングルを取るまでの物語は感動もんです。

にこにこ6位フィニッシュ
ありがたいことに4年間、退部とかは一度も考えなかったですし、人間関係のストレスも0で過ごすことができました。
引退して一番に思うのは
環境に恵まれていた
ただそれだけです。
ありがたいことに「2つも運動部を兼部してるなんてすごいね」と言われることがありました。ですがここまでやって来れたのは応援してくれる先輩や同期がいたからであり、最後1年間レースメンバーとして大会に出れたのも見捨てずに一緒に走り抜けてくれた相方、同期、後輩がいたからです。
最高の環境でヨット部という活動を終えることができました。本当にありがとうございました。
最後の1年間は間違いなく、東工大、科学大のヨット史に強く刻まれる年だと思っています。
未経験者だけ、マネージャーなしのチーム。クラウドファンディング実施、ファミリーデイ実施、春秋連続入賞、2年連続全日本出場。この歴史的瞬間を目の前で目撃し、経験することができたこと、大変誇りに思います。
以上をもちまして締めさせていただきたいと思います。
と言いたいところですが自分語りだけで終わるのもあれなので最後にちょっとだけ。
4年間活動してきた中で思ったことを少し書いて終わります。
◯揉め事起こすな
先輩同士が揉め事を起こす。これは一番あってはならないことだと思います。部やクラスの雰囲気は先輩が作るものだと思います。先輩が揉め事を起こすと雰囲気が悪くなります。チームの士気が下がるとは言わないまでも、周りは気を遣わないといけなくなります。ただでさえストレスが溜まりやすい合宿生活、他の人に迷惑はかけたくないものです。またクラス間の衝突問題は永遠の課題だと思いますが円滑なコミュニケーションを取ってもらいたいものです。正直、先輩方はどの代も敵対意識が強かったように思います。何しとんねん。別に一緒に練習をしろとか仲良くしろとかいう訳ではないです。ただ困った際にお互いが快く助け合える関係になってほしいと感じます。私たちの代は両クラスリーダーの連携もあってか珍しく上手くいっていた代だと思います。
◯犠牲
部活動というのは多くの犠牲で成り立っていると感じます。時間やお金はもちろんですが、人もです。先輩がわざわざ自分と一緒に船に乗り、練習してくれる。もしそこで辞めてしまったら先輩が自分と乗った時間は全て無意味になる。少し過激かもしれませんが自分の中ではこの考えがあったため、退部の考えは一切ありませんでした。
またインカレ(直前の練習も含む)も多くの犠牲の上に成り立っています。レースメンバー以外は全員サポートに回る。当たり前といえば当たり前ですが、サポートしてくれる人たちの貴重な時間を奪っているということに違いはないと思います。自分ができていたかと聞かれれば自信はないですがレースメンバーになった際は周りにしっかり感謝し、応援して良かったと思えるような人になることを心がけてほしいと思います。
最後は偉そうなことを書いてしまいました。
改めて4年間ありがとうございました。
最高の環境で、最高の経験ができました。
以上をもちまして引退ブログを締めさせていただきます。
東京科学大学体育会ヨット部 瀬高亮

素晴らしきスナイプ同期



























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