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引退ブログ#4


昨年度スナイプリーダーを務めさせていただきました。青木志雲です。


引退ブログを何度も催促されましたが、本当に何を書くかとても迷いました。これを書くたびに懐かしき4年間のヨット生活を思い出してしまいます。拙い文章ですが最後までお付き合いいただけると幸いです。


まずは大事なことを書いておくと、葉山に合宿所があって、バースにディンギー10艇とVSR2艇が置いてあるような恵まれた環境は東工大以外にありません。でもこんなこと、幹部になるまでは考えたことはなかったです。大学の部活ではあるが、今の東工大ヨット部があるのは、OB会、コーチ、大学やハーバーの関係者、OBOGなどの皆様にご支援いただけたおかげです。


ヨット部の4年間を振り返ると、コロナのこともあったけど、部のスタイルをかなり変えてきました。

1.2年生の時は、当時はVSRも無くて、その前身である和船「ヤング」がレスキューを勤めていましたので、この時期を「ヤングの時代」と呼びましょう。南風で波が出てくるとき、ヤングに乗っていると常にお尻を痛めてしまうのが鮮明に印象に残っている。この時期で僕は本当にただ葉山に来て、ヨットに乗ることしか考えなかったです。当時ヨット部はようやく部員数が増えてきて、インカレ決勝進出を目指して、練習時間を増やしたりいろいろ試行錯誤やっていました。でも僕にとって、この時期はヨット部生活の中で一番楽しかった時期でもありました。海に出るのが楽しかったのはもちろんですが、何よりも先輩たちがヨットに熱心であると見るとついていきたくなりました。




3年生の時にヤングが引退して、新しい「VSRの時代」が始まりました。そしてすぐに、コロナで活動が大幅に制限されている中で、先輩方の活躍のおかげでヨット部が全日本インカレに出場することができました。前日の合同練でド微風で沈してしまって自分は本番大丈夫かと心配してしまいましたが、その後のことはみなさんの知っている通り、全艇シングルとって、そして全日本で4位を手にいれて、夢にも思わなかったです。


4年生になって、スナイプリーダーを務めることになりました、スナイプ同期も一人だけで、正直に言いますと、残りの一年間に不安と自信の無さに満ちていました。それはきっと全日本での成績に満足してしまったからでしょう。先輩たちが引退して、インカレ出場した人は僕一人になっしまい、ライバル校と比べて自分たちはさらに挑まないといけない立場になりました。こんな状況でしたが、でも目標を下げませんでした、むしろ次に全日本の舞台に行くのは当たり前のように思っていました。


最初後輩たちも励まされて、すごくやる気あって、自主練も来てくれました。船を壊したり、また練習して、また壊したり、レースに出て、後輩ヘルムスを連れて結構いい成績とったりして、試合後の反省会もしっかり聞いてくれて、いい後輩をもっていたと思いました。その中でも自分一人で能力の限界があると気づきました、これは下レグの引き方やポジションの取り方とか、後輩であった時に全部先輩たちに丸投げしてしまったせいでありました。やはり先輩クルーが教えられないと、同じく乗っている後輩ヘルムスの成長を阻んでしまう。罪悪感を抱いていました。なので後輩たちに唯一伝えたいことは、まだ先輩がいるうちに、自分がこれから後輩を教えるための知識を学ぶこと。忘れないでください。


そして最後の最後、インカレで自分が一番だらしない時に、河合・花崎が1上ピン回航したり、強風で岩倉・西岡が前走ってくれたり、自分のかわりにチームを引っ張ってくれて感謝します。コンビを組んでいた蒔田にも、いつも僕のわがままに付き合ってもらっている感謝と、先輩として目指したい光景を見せれなかったことにお詫びを。インカレでずっとサポートしてくれた道下と二年生たちにありがとうございます。



最後の年、僕がリーダーを務めさせていただきました、スナイプチームのみなさんに最後の最後まで支えてくれて、感謝の念に堪えません。


これから、スナイプも470も、船長がどうしても必要とかでなく、OBさん一人でもいれば上級生練習できるとかでもいいので、声かけられたら葉山に駆けつけます、全日本に向けての練習も頑張ってください。

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