top of page
  • 西岡 龍

引退ブログ第一弾

皆さん、こんにちは。11月まで主将を務めていました4年の西岡と申します。大変遅くなりましたが、さすがに年内には終わらせておこうということで引退ブログを書かせていただきます。

さて、引退ブログというのはどういう風に書くものなのでしょうか。恐らくこういったものは自分の成功体験などのプラス面を書いたほうがいいのかと思います。よく引退するときに「悔いはない」という類のことを言っている映像を見かけたりしますが、本当にすごいなと思います。自分にとってヨット部での4年間、特に最後の1年間は失敗と後悔の連続でした。そんな感じなので、僕のブログは華やかなものではないと思いますが失敗からも学べるという言葉もありますので後輩がこのブログを読んで僕と同じ轍を踏まない手助けができればなと思います。

僕は前述したように主将を務めていましたが、選手としてはスナイプクラスのクルーでした。選手としても主将としても多くの後悔があるので、特に大きなものについて書いていこうと思います。

選手としての後悔ですが大きくは2つあります。それは「自分が3年生だった時に当時の4年生と一緒に全日本に行けなかったこと」と「最後の全日本大会で結果を残せなかったこと」です。

まず、自分が3年生だった時に当時の4年生と一緒に全日本に行けなかったことについてですが、これは選手としては一番後悔しているし本当に当時の4年生に申し訳なかったです。僕は1年生の時に漠然と全日本に行きたいなという思いがありましたが、それはとても目標といえるような明確なものではなく、本当に何となく思い描いたものでした。そして、僕たちが2年生の時の4年生の活躍をみて、少し現実的なものになったと思っていました。しかし、これは自分にとっての慢心につながりました。その当時のレースメンバーがすごかっただけなのに、自分の能力も1年後にはこうなっているという謎の自信(過信)がありました。それから1年間、練習を続け秋インカレに挑みました。ここでもただ練習時間だけをみて自分はこれだけやったから大丈夫という過信がありました。この2つの過信があり、秋インカレの結果は惨敗に終わりました。もし、もっと練習に目的意識をもって取り組めていたら、自分の実力を過信せず真摯に練習に取り組めていたらと思うと本当に悔いが残ります。何より当時の4年生の最後の大会で結果を残せなかったことが本当に申し訳なかったです。

それから1年間、自分は本当の意味での努力を行いました。練習ごとにしっかり目的を持って取り組みました。結果として秋インカレ決勝で7位の成績を残し、目標であった全日本出場を果たしました。しかし、全日本に出場してわかりましたが自分の実力はあくまで全日本出場校どまりでした。全日本で戦えるレベルではありませんでした。引退から2か月たった今でもあそこのレイラインでミスしていなければあのケースはなかった、しっかり旗を確認していればUFDはなかった、そして何よりこれらのケースがなければもっと上位を狙えたという後悔を思い出します。しかし、こんなものは言い訳でしかありません。上位の大学はこういったケースを最小限に抑えています。つまりこれも運ではなく自分の実力のうちなのです。こういった失敗は全日本に限った話ではなく、秋インカレからありました。しかし、その失敗を軽視していました。なぜ、大きな失敗であるにもかかわらず全日本大会で取り返しがつかないようになるまで修正できなかったのか引退後冷静になってから考えました。恐らく設定した目標が全日本出場というものだったからだと思います。僕は1年前、同じように全日本出場を目標に掲げその目標に到達できませんでした。それからは目標達成のために本気で努力しました。そして、目標を達成し全日本大会を前にして心のどこかで満足してしまっていたのだと思います。人は結果に満足した瞬間に成長が止まるというのを実感しました。上位校との差はここにあると思います。全日本で上位に入るような大学は全日本で結果を残すことを目標にしています。東工大ヨット部は出場を目標にしており、ここの意識の差がああいった結果を招いてしまったのだと思っています。後輩には、少し無茶だと思うくらいの目標を立ててほしいと思います。全日本に出場できてもやっぱり全日本で結果を残せないのはとても悔しいです。こういった思いをしないためにもこれからの東工大ヨット部には全日本に出場するのを目標にするのではなく、全日本で戦えることを目標にしてほしいです。今から本気で練習に取り組めば、多少無理だと思う目標でも手が届く位置まで行けます。自分の選手としての大きな後悔はこの2つです。

次に、主将としてチームを引っ張っていかなければいけない立場での後悔です。これは「多くの部員にヨットを続けてもらうことができなかったこと」、「470チームをあまり気にかけられなかったこと」、「後輩の育成が不十分だったこと」の3つです。

やはり最初に思いつくのは多くの部員をやめさせてしまったことです。正直、ヨット部の練習はきつい部分も多いです。その中で下級生のうちにやめてしまう子が何人かいます。ただ、ヨットが本当の意味で楽しくなってくるのは、ある程度自分の実力もついてくる3年生からだと思っています。新歓で楽しいと思って入部を決めてくれたヨット部の魅力を最大限知らないまま部を辞めてしまうのはとてももったいないです。だから、ある程度ヨットの魅力が自分でわかるようになるまでは僕が引き留めるべきでした。でも、全日本出場という目標しか見ておらず、盲目だった自分はその子たちを引き留めることに力を避けるほどの余裕がありませんでした。自分がもう少し冷静で下級生の将来や辞めた子たちの気持ちを推し量ることができていればと思うと本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。主将として目の前のことだけでなく、もっと視野を広く持つべきでした。部員の気持ちをないがしろにするべきではありませんでした。

これも自分の視野が狭かったが故に起こってしまった事態ですが、両クラス全日本出場を目標に掲げておきながら、自分が所属していない470クラスのことはほとんどチームリーダーの吉田に任せていました。470の練習や態度を見ておかしいと思うことがあってもそれを伝えることを怠りました。口では両クラス全日本出場といっておきながら、自分が全日本に出場できればいいとどこかで思っていたのかもしれません。主将として自分が所属していない470チームにももっと気を配るべきでした。

最後にこれが一番自分の中で大きな後悔ですが、後輩の育成が不十分のまま引退してしまったことです。本当に自分は主将としてあるまじき行為をしたと深く反省しています。結局、これも自分のことしか考えてなかったから招いたことです。僕は嫌われ役になることを恐れていました。だから、後輩を叱るということがほとんどできませんでした。このままじゃだめだと思って引退間近になって全体のミーティングで喝を入れようとしたこともありました。しかし、前半に叱るという行為から逃げてきた自分はどこまでやっていいのか、どうしたら相手に物事の本質を伝えることができるのかということがわかりませんでした。結果、僕の伝えたかったことが後輩にどれくらい伝わっているのかは分かりません。もっと自分の保身でなく、チームのことを考えて行動するべきでした。

こうやって振り返ってみると本当に自分が主将をやるべきだったのかと思います。そんな中でも辞めずにこの部活を続けてくれた部員には本当に感謝しています。自分がこれだけ後悔や失敗を繰り返しているにもかかわらず、この部活を続けてくれたのは本当に周りの人に恵まれたこととヨットが好きだったことに尽きると思います。ヨット部の活動の中でたくさんの後悔はしましたが、ヨット部に入ったことと主将をさせていただいたことは後悔していません。本当に今まで支えてくれた方々には感謝しています。ありがとうございました。

最後に無責任で傲慢な考えであるとはわかっていますが、後輩の育成が不十分がったという失敗についてはこれから後輩のサポートをすることでまだ挽回可能だと考えています。このブログもその一環です。「後悔先に立たず」という言葉があります。実際、この1年間の活動はその言葉の通りでした。でも、もしこのブログを読んでくれたなら僕がした後悔に関しては先に立てることができると思います。本当に同じ思いをしてほしくないので、本気で頑張ってほしいです。そして、両クラスそろって全日本で戦えるようなチームを見せてくれること期待しています。

なんか長すぎてまとまりないし、後から読み返したら恥ずかしくなりそうな文章だと思いますが、最後まで読んでくださった方ありがとうございました。以上で自分の引退ブログは終了となります。ほかの4年生も書いてくれると思うので期待しといてください。


東京工業大学ヨット部前主将 西岡龍




閲覧数:241回
Archive
Search By Tags
まだタグはありません。
bottom of page